保育が必要な人のところへ届ける保育士

さな日記
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◆和紙の折り鶴ピアス◆

カテゴリ : さな保育
小さな和紙で、鶴を折り続ける彼女。
その繊細さと感性を尊敬しています。


彼女のお母さんの一言で

その小さい折り鶴は、ピアスに…。
いつもこどもの心に火をつけるのは
「あなたならできるよ」っていう大人からのメッセージだったりします。




ル・クッカーの帰り道

嬉しそうに恥ずかしそうに教えてくれた。
彼女は「つくる」のが、何よりも落ち着き安心する時間なんだ…。
彼女は大丈夫だ!って、確信したことを覚えています。


気持ちがあがったり、さがったり…

心のバランスがとりにくいのも障害です。

そんな中でも、彼女はつくり続けていました。

「つくる」ことで、必死にバランスをとっているように見えました。

先日、FJCRFTさんのイベントにて


実は、彼女の和紙の折り鶴ピアスも販売。

初めてのことは、ドキドキワクワクで眠れなくなっちゃう彼女は…
前日の夜中までつくり続けたていたそうです。

私は彼女のお客さん1号になる!!

そう決めていたので、販売前にフライング(笑)
このピアスをつけて、販売したい。


そう思っていたのは、私だけじゃなかったようです。

販売前にもかかわらず、次々売れる様子を見ていたお母さんが、泣いておられました。

彼女は、去年の夏までひきこもりでした。

お母さんは、どんな思いで生活されていたでしょうか。
どんな思いで、私のところに彼女を連れてきてくださったのでしょうか。


彼女がつくったもの

彼女の存在を
誰かが嬉しく感じるから、お金が返ってくる。
それは、誰かの生きる力に繋がると、私は思います。
…完売しました。

計算が苦手な彼女はテンパりながら
でも、その苦手がぶっ飛ぶくらい「売れる」ということは喜びしかないようでした。

よかった。


あー、、よかった!!


それを完売にしてくださった優しい大人が居ました。

どんなカタチであれ、キッカケを落とすのは大人で、掴むのはこどもたちなのかもしれません。
この繰り返しが「自信」になるんだと思います。

私は、ずっと守ってあげたいけど、それは無理なので、彼女がキッカケを掴む場をつくるって決めました。

和紙・鶴・ピアス・イヤリング…
これは外国の方にも見てほしい!

きっと彼女の作品はリンダホステルでも…(☆o☆)

こどもたちお母さんたちが笑うであろう妄想がとまりません。
これが私の楽しみでもあります。

ゆっくりゆっくり

社会と繋がることを楽しめるようになってほしいと祈ります。

◆大人になってみる日◆

カテゴリ : さな保育
2019.5.12
FJCRAFT×REIZ TRADING×和楽トリプルコラボイベント!!

以前、さな保育の社会科見学を
させてくださったFJCRFTさん。
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=534134970329331&id=100011984982656

今回、こどもたちがつくったものを販売する場をつくってくださいました。
私がかかわっているこどもたちは、
当たり前が当たり前じゃないことが多いです。
「どうせ、できないでしょ」って
すっとばされることも多いこどもたちへ
その環境を準備してくださったFJCRFTさん。
一緒にクッキーとキャラメルを作ってくれたル・クッカーのシェフ。
心からありがとうございました。



体験とは、
こどもが大人になってみる場かもしれません。
ごっこあそびでは、
こどもたちは大人の姿を再現しています。

「いらっしゃいませ」
「ありがとうございます!」
「こちらはどうですか?」

普段は使わない言葉も
大人になってみたこどもたちから、スラスラ出てきます。
憧れの大人を再現するこどもたちは
みんなイキイキしていました。

優しい社長さん
「残ってる分、ぜんぶください」で
…完売!!


こどもたちが大喜びなのはもちろんですが。
それを側で体感したお母さんが
誰よりも喜んでおられる姿が印象的でした。

誰かが喜ぶと、お金が返ってくる。

心地よく報酬を学んでほしいのです。
こどもたちが「報酬を学ぶ場」って、とても少ないような気がします。
この日のイベントだけでなく
こどもたちにキッカケを落としてくれる優しい大人がいっぱいだなあ!って。
そう思うと、ワクワクして、大人の私がこどもになる?変な感覚です。

こどもになって、代弁します。

ボクたちワタシたちがつくった
クッキー&キャラメル
買ってくださって本当に嬉しかったです。
また会いたいです。
ありがとうございました






⇓⇓⇓子供達が大興奮の販売風景はこちら⇓⇓⇓


●こどもへの想い

カテゴリ : さな保育
すべての子どもたち(障がいある子もない子も一緒に:統合保育)に寄り添う中で、
自分の軸となっている想いを伝えます

大人には「比べる習性」があると思います。
少しでもまわりの子たちより高度なことをしてほしい保護者が多いと感じていました。
でも、実践を重ねる中で
結局「昔ながらのあそび」伝承されてきたあそびは、
どんな状況の子どもたちにも響くと目の当たりにしました。
そのものの感触を楽しむことから始まり、子どもたちは自分で考え、
あそびを広げてくれます。何回も何回も同じことを繰り返し、楽しむ子もいます。
あそび方なんて無く、一人ひとりの表現であそびます。
お手玉・あやとり・折り紙・けん玉・カルタ・わらべうたetc.
これらのあそびは、子どもの枠を超えおじいちゃんおばあちゃんたちも喜ばれますから、
統合保育の中で繰り返し繰り返しとりいれてきました。
全体であそぶ時はあえて、高度なあそびよりもこのような保育内容を大切にしています。

私はお手玉を持ち歩いています。
お手玉を作ってくれるのは、故郷にいるおばあちゃん。私は、おばあちゃんと一緒に仕事しています。

一人ひとりいろんな背景を抱えた子育ては、外から見たら「なんて親だ」「なんて子だ」というまわりの目に耐えられない時だってあります。
子育ては、まわりの目との闘いの時と感じます。
そんな時、お手玉の感触だけでも落ち着いたり…
わらべうたでホッとされる保護者やお子さんの姿もあります。
一人ひとりに寄り添う保育
私の保育の原点は、集団保育・統合保育です。
いろんなカタチの現場いろんな背景の人たちとかかわる中で学ばせて頂いたことが財産です。
常に保育環境や制度は変わっていきます。まわりにアンテナを張りながら…しっかり現場で保育し、弱い立場の人たちの声に耳を傾けることを何よりも大切にしていきたいです。

「弱さを抱えた子」とひとくくりにしてしまいましたが…
弱さとは、誰でも持っているもの。それを保育の中で武器にしたいのです。

●SANA保育は?
わらべうた、お手玉、折り紙、感触あそび(小麦粉粘土・紙・寒天・どろんこ・片栗粉・お米etc.何でも!)
たくさんたくさん「楽しいね」「嬉しいね」を共感してきました。

音楽の力を信じています。リトミック(リズムあそび)はどんな場所でも行います
♪以前、スタジオを借りグランドピアノでリトミックさせて頂いていたのですが…
本物の音での子どもたちの表現が素晴らしく、ピアノを弾く私も心地よい(*´-`)
でも、ピアノが無ければ、私が唄ってからだを一緒に動かすのも楽しい。
ホンモノのあそびは、答えが無いのです。
その子なりの楽しみかた/動き/感性でいい。
座ってるだけ、見てるだけでも、あそびこんでる時だってあります。

2019-04-01 14:37:16

◆誰かを一人にしないこと◆

カテゴリ : さな保育
私の保育は、誰かを一人にしないこと。

子どもだけじゃなく、一人ぼっちの人がいたら
私のからだが、動きます。

「障害」という言葉を考えていて

これを以て、人を説明してることが障害じゃないかと。

だって、障害って
「障害物競争」に例えるなら
やりにくい、生きにくい、大変で、スムーズじゃない!

「なら、どうするか!」で私は、動きたい。

 
一人ぼっちのおじいちゃん、おばあちゃんに
逢いに行く度、思うのですが

高齢者は、当に障害がある。
からだ衰えてくるから…
できてたことも、できなくなってくる…

病気だって、そう。
何かが原因で、生き辛くなっていく人が居る。
見た目は元気でも、心が弱ってる人も居る。

私がかかわる人たちは
氷山の一角です。

 
私も、ずっと今のままじゃない。
核家族で、都会に住んでて
年老いていったら…一人ぼっちになるかも…

「その時、寂しいな」

だから
一人の声を放っておけないです。

夢は、施設を分けない「人」が集う居場所をつくること。

過疎化がすすむ地域
古い団地など
一人ぼっちの生活がありふれていて

不登校やひきこもり
学校しか居場所を選択できないから
一生懸命、生きにくさを訴えてる。

おじいちゃん、おばあちゃんは
子どもと一緒に過ごす時間、いつも笑っておられます。
お互いに「安心感」が飛び交う。

子どもたちのすごいところは
大人どうしを繋ぐところって思います。

施設名でくくってしまうんじゃなく
誰かを一人にしないってことなら

老人ホームに子どもがいてもいいし
保育園におじいちゃん、おばあちゃん居たらいい!
障害児といわれる子たちこそ
居場所を選択できる社会であってほしい。

そんな風に柔軟にできたら
誰かを一人にしない。

とは、言ってみたものの…壮大だなあ。
私にできるかなあ…ってことも
目の前に、実はいっぱいです。

それでも!
「さっちゃんは、保育を変える」って
たった一人、言い続けてくれる人が居る。

一人でも、こんなにこんなに、心強い。
私の原動力は「人」です。

だから、私も誰かのたった一人になりたい。
味方でいたいから、人に寄り添う。
ただ、それだけです。

2019-04-01 14:36:36

◆病児保育を考えてたら「命」になりました◆

カテゴリ : さな保育
子どもも大人も体調を崩しやすいこの時期。
特に小さい子たちは
症状をぶり返したり、回復に時間がかかり…

やっと保育園!幼稚園!
と思っても、仕事中電話がかかってくる…
キョウダイ順番に、症状が…

身動きとれない大人(特にお母さん)が参って、滅入る気持ち
よくよく、よーくわかります。

〈病児保育〉病気の子どもを保育する。
実際、病児保育の施設や運営は、とても難しいと言われます。

病気は、突然やってくるからです。
計画通りには、いかない上に
子どもは(大人も)いつもの元気な状態ではありません。

そういう状況の時
いつもと違う場所、いつもと違う人の中で保育。
体を休める環境が完璧だったとしても
子どもの心はとても疲れるような気がしてなりません。

子どもにとって「生きやすい」状況をつくってあげたい。
体と心が元気じゃない時ほど
ホッと安心できる場所と信頼する人の中で…
それが私の理想の保育です。

弱っている時
お医者さんのように診察できませんし
薬剤師さんのようにお薬を渡してあげることも
私たち保育士はできません。

でも、心の元気が体の元気に繋がるよう
そのケアと環境作りはできると思うのです。

昨日、出張保育でお伺いしたお宅。
真ん中の男の子が前日までウイルス性の風邪、やっと登園!
…と思いきや、年長お姉ちゃんが夜中から高熱。
と思いきや、朝から10ヶ月の末っ子ちゃんも熱…という状況。

なので。昨日、私の保育プログラムは
〈病児保育〉になりました。

はじめにカタチを決め、体制を作ってしまうと
状況が変わった時に、臨機応変対応が難しくなります。
保育園や施設だけでなく
病院や企業なども少なからず共通点がある気がします。

でも、制度や思い込み
人手や経営、お金、一人ひとりの背景などにより
「想い」だけでは変わらない現実もあります。

SANA保育は
「目の前にいる人の生きやすさ」を追求したい。
〈病児保育〉は、病気の子を抱える「大人」に寄り添いたい。

普通の保育のカタチと違うので
大きな責任と大きな知識を常に持っていないと
信頼してもらえないことも承知しています。
だから、私の視野をどれだけ広げることができるか。

ただ、これまでの実践を通して
きれいな心で、本気で相手の生きやすさを想い
相手以上に相手の幸せを願い動いた時
信頼関係は必ず生まれる…と私は
2019-04-01 14:35:10

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